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十数年前にカポホの近くの家に滞在していた時のことである。バスルームのそばにある高さ1メートル強、直径6メートル弱のプール型水タンクのそばに立って中をのぞいていると、背中に何かが触れているような気がしたので振り返ると、隣で飼っていた牛がいた。つながれていたロープが首から垂れ下がり、10メートル先にはそのロープの端っこが結ばれていた木の杭がロープに引きずられて転がっていた。
体重数百キロの牛を目の前で見たのはそれが初めての経験だった。この牛は隣の家にいるのをいつも見かけていた。いつも我が家寄りの隣家の敷地内にいた。数十メートル離れていたので、隣は牛を飼っているのかというぐらいにしか感じなかった。だから目の前の牛を見て肝をつぶしてしまった。
闘牛の牛みたいに襲ってきたら大変だと思っていると、その牛は突然両方の前足を空中に上げた。これはまずいと思って左手の家の方に逃げようとすると、今度は両後ろ足を跳ね上げた。その動作を何度もリズミカルに繰り返すではないか。これは襲うというよりダンスをしているようだった。うれしかったのかもしれない。なにがうれしかったのかよく分からなかったが。しばらく踊った後、牛は水タンクの縁に歩みより、網目カバーの上にあった水を飲み始めた。飲んだあとは自分の家に帰っていった。
この牛は時々ここにきて水を飲んでいたのだろう。どうりであちこちに牛の糞が落ちていたわけだ。スリッパで裏庭を歩いている時、牛の糞を踏んづけたこともあった。そのスリッパはひっくり返して裏庭に放置しておいた。雨でそのうちにきれいになるかもしれないと思ったのだ。しかしそのスリッパを二度と履くことはなかった。
隣の家がなぜ牛を飼っていたのか知らなかったが、その後我が家に住んでいた女性が裏庭で牛を飼い始めた時に、その理由を聞いた。彼女は怪我をしていた子牛をただ同然で買って来て、裏庭につないでいた。雑草を牛に食わせて、庭の雑草刈りを手伝わせていると言っていた。
1頭ではなかなか追いつかなかったようだ。雑草の増え方の方が、牛が食べる量よりも多いので、雑草はなかなか減らなかった。時々牛に水をやらなければならなかった。僕が滞在中はそれが僕の仕事になった。次に滞在した時には、背中の怪我も治り、体も大きくなっていた。夜ライトで牛の方を照らすと、目玉が緑色に光り、不気味だった。
その後その牛はいなくなった。彼女は近所の人に売ったと言っていた。
その家の前は公道ではあるが、舗装されていなかった。舗装すると、交通量が増え、騒音や排気ガスの公害も増えると、住民が反対しているから、舗装されていないと聞いたことがある。その道を馬で散歩する人を見かけたことがあるので、それも理由のひとつかもしれない。それらの馬はとても大きく、乗っている人はそばにいた僕の頭の上にいるような感じだった。女の人も馬に乗っていた。馬はゆっくり歩いていた。車も時々通る道なので危ない気もした。