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ハワイに銀行口座を開いたことが、ハワイに送金する直接のきっかけになった。当時は送金目的を尋ねられた際、老後資金と回答していた。それはほかにあげられる目的がなかったからだ。ハワイで暮らすためには、お金がないと難しいとは漠然と考えていた。とくにハワイ島では誰かに雇われて仕事をするということはほとんど不可能だろうと思っていた。地元新聞によると、ハワイ島の失業率はハワイ州の中でも常に最悪だった。そのため働かないでも暮らせるようにしたいという気持ちもあったが、それほど具体的なものではなかった。
余裕資金はすべて送金した。1万ドルか2万ドルづつ送金した。初めは昼休み中に銀行の窓口に行き、送金した。時間も費用もかかった。そのうちにシティバンクが海外送金サービスを開始した。手数料は無料だった。もっとも銀行は円をドルにする際、為替手数料を取っているので、海外送金は儲かる仕事だったに違いない。だからその銀行もドル資金の海外送金に対しては、手数料を取っている。それでも他の銀行で送金するよりはるかに楽になった。自宅からフリーダイヤルで銀行に電話をするだけでいつでも送金できるようになった。
さらにその後インターネットを使って、送金できるようになった。電話する必要もなくなった。円高の時期を見計らって1万ドルづつ頻繁に送金するようになった。インターネットの場合は、送金目的を聞かれることもなかった。
気が付いてみると、残高は連邦預金保険公社FDICが保証してくれる10万ドルの限度をはるかに超えていた。そのころ保証額10万ドルについて疑問がいくつか湧いてきた。定期預金と普通預金は別々に保証されるのか、同じ銀行の別の支店の預金は別口扱いされるのか、外国人の預金も保証の対象になるのか。当時の日本ではペイオフという言葉も一般的ではなかった。定期預金と普通預金の限度額について大蔵省に電話して問い合わせてみたことがある。数カ所電話をたらいまわしされた後、返ってきた答えは定期と普通は別々に扱われるというものだった。
その回答を信用して定期預金10万ドルとその利息を受け取る普通預金口座を何行かの銀行に作った。なかには定期預金10万ドルの口座だけ作り、利息は毎月別の銀行の普通口座に振り込んでもらうということもした。こういう変則的なことをすると、利息を送金するのを忘れる金融機関も出てきた。利息を受け入れる銀行の口座はすでにインターネットでチェックできるようになっていた。
その後ある銀行から送られてきたパンフレットを見ていると、FDICの保証について書かれていた。外国人の預金であっても保証の対象になると書いてあった。しかし10万ドルというのは定期預金、普通預金、当座預金などすべての預金の合計となっていた。しかも同じ銀行の他支店分の預金も合算するということであった。大蔵省の回答は真っ赤なうそであることが分かった。彼らは何も知らなかったようだ。いい加減なことを言っていたわけだ。
当時は銀行が潰れるということは考えられないことだった。大蔵省と日銀ががんじがらめに銀行を監督していた。ペイオフというものも必要がなかったのだろう。銀行が潰れるという前提に立った政策が不要だと考えていた大蔵省は、そういう研究も勉強もしていなかったのだろう。
バブルで日本全体が浮かれていたころ、僕はこの国の行く末について心配に思っていた。ひずみはすでに表面化していた。不動産価格の高騰で、相続税も高騰していた。相続税が払えず、現物での納税が増えていた。それだけでも異常だったが、相続税が払えず自殺する人も出た。こういうことが起こること自体政治の責任だと思われるが、そういうことが起きても責任を感じているような政治家はいなかったようだ。
当時の週刊誌のグラビアページには、自宅を背景にした若い未婚女性の写真が掲載されていた。そのタイトルは資産何億円を所有するお嬢さんというものだった。バブルで高騰した不動産を所有する親を持つ未婚女性の紹介記事だった。外国人から鳥小屋と皮肉られた都内の一戸建てが何億円もした時代だ。これは正気の沙汰ではないと思った。
その後、関西大震災が起きた時、多くの被災者が真冬の公園にテントを張って暮らす姿や体育館のようなところでごろ寝している様子をテレビで見た。この国の政治家を頼りにしてはいけないとはっきり感じた。こんな国では暮らせないとはっきり思った瞬間だった。これが世界第2位の経済大国での出来事だろうかと目を疑った。
一方ハワイの新聞では州議会の議員やカウンティカウンシルのメンバーの年間給料は3万ドル台であることを報じていた。ハワイ州のLawmakerは税込み月3千ドルぐらいで生活していることになる。もちろんほかにも収入のある議員もいるであろう。それにしても日本とハワイの格差の大きさに唖然としたものだった。ハワイの議員の年間給料は今でも3万ドル台である。もちろんそのうち3分の1は税金ということになろう。
日本では到底一戸建ての家は持てないという絶望感とハワイでは議員の年収が3万ドル台という状況が、ハワイへの送金を駆り立てたと言える。日本では無理かもしれないが、ハワイにお金を送っておけば、老後は何とかなりそうだと思えたのである。
現在ではハワイの定期預金は1行に集中させている。その利息はハワイの議員の給料と同じぐらいだ。贅沢をしなければ何とか暮らせる。こうなったのも日本の政治家やバブルのおかげかもしれない。日本の将来を絶望させてくれた政治家やバブルが、ハワイ送金に拍車をかけてくれたのだから。
それにしてもバブルの崩壊が日本経済に与えている衝撃はすさまじい。僕が55万円で買った36坪の競売の土地には1000万円の抵当権も設定されていた。競売で買った家にも2000万円以上の抵当権が設定してあった。これでは金融機関も貸したお金を回収できなくなるわけだ。
日本の土地の時価総額がアメリカのそれの何倍とか何十倍にもなるとも言われていた。そんなことがまことしやかに語られていた。それをおかしいとも思わずに自慢げに語っていた人もいた。一人で公共住宅を何軒も所有してる人がいて、問題になったことがあった。処罰のため買値で買い戻すことになったようだが、今から思えばその人を助けることになってしまったようだ。現在では家は買った値段ではまず売れない。半額とか3分の1は当たり前だ。
おかしなことはまだある。国連の分担金の問題もそうだ。日本が20%も分担する必要があるのか。経済力に応じて分担するということになっているそうだが、それをどのようにして計算しているのか疑問だ。経済力は年々変化していると思うが、なぜ20%のままなのか。米国を除く安保理4カ国の合計よりも多いのではなかろうか。本当にそんな経済力が日本にあるのだろうか。
元高級官僚が天下り先の何とか財団で高給を取り、数年勤めるだけで莫大な退職金を受け取り、次の財団に移るということが繰り返されていると報道されているが、こうした亡国のやからは絶滅するどころか、あの手この手でますます勢いを増しているように思われる。税金を食い物にしてなんとも思わない元高級官僚には、ハワイの議員の爪の垢を煎じて飲ましてやりたい。このままでは日本は破産するしかないぞ。