ハワイ島てんやわんの楽園生活

032

★パイナップルを栽培してみたものの

 この家の前所有者はニワトリを飼うつもりで、鳥小屋を作っていた。いまでもその鳥小屋が残っている。裏の畑の奥の方に一段高くなっているところがあるが、その両側にニワトリ小屋はある。全部で3棟ある。右手に2棟。左手に1棟。いずれも鳥を飼っていた形跡はない。計画倒れに終わったようだ。

 彼はハワイ生まれだが、戦争中は沖縄に疎開していたと言っていた。そのせいかパイナップルの栽培にも関心があったようだ。鳥小屋付近の畑の周辺部にパイナップルがかなり植えてあった。左手の鳥小屋の軒下には、幅が1メートル以上ある大きさの木箱の中にパイナップルの苗が詰まっていた。そのうちに植えるつもりだったのだろう。木箱には差出人の住所が書かれていた。その中に沖縄という文字があった。このパイナップルの苗は沖縄産なのであろう。

 パイナップルは生命力がとてつもなく強い植物だ。木箱に残されていたパイナップルの苗はすべて生きていた。葉は青々していた。僕はこれらの苗をすべて水タンクの先にある右手の畑に植えた。畑は留守中に雑草で完全に覆われたが、パイナップルの葉は雑草の中でぴんぴんしていた。初めは雑草に負けて消滅してしまったと勘違いをして、エンジン付きの草刈機で畑の雑草を刈っていると、その中から次々とパイナップルの葉っぱが姿を現した。機械で雑草を刈るとパイナップルの葉っぱまで切ってしまうことになるので、草刈用の大きなはさみで草を刈らなければならなかった。結局植えたパイナップルの苗はすべて元気に生きていたことが分かった。

 昨年7月に滞在した時には、3つぐらい食べてみたが、まだよく熟れていなかったせいか、酸味が強かった。実はまだ20個ぐらい残っていた。10月中旬に来た時には、ほとんどのパイナップルの実は腐っていた。残っていたのは2個だった。その2個も実の中は一部腐りかけていた。それでも味はとてもよかった。実は柔らかく、酸味と甘さの調和が絶妙で、こんなにおいしいパイナップルを食べたことはなかった。

 パイナップルの実の上についている葉っぱを切り取って植えると、パイナップルができることも分かった。ときどき根が地面に付いていない葉っぱが見つかることがあるが、それも地面に植えてやった。この調子だとパイナップルはどんどん増えそうだ。

 パイナップルの収穫期は9月ごろなのだろう。10月中旬には大半が腐っていたので、そう思うのだ。12月になってから、大きな根の付いた茎の葉っぱの真ん中から次々と小さなつぼみが伸びてきた。つぼみは松かさのような形だ。薄い紫色の花が数個開いていたものもあった。今年1月中旬に帰国するころまでに、15個ぐらいのつぼみができた。最初に出てきたつぼみはテニスボールぐらいの大きさになっていた。

 パイナップルの収穫期が9月ごろということになると、冬だけ滞在というのでは、食べられないかもしれない。残念だ。収穫期を1カ月だけ遅らせることができればいいのだが、それはできないだろう。

 このあたりは標高300メートルぐらいだ。マンゴやパパイアを栽培するには標高が高すぎるようだ。パパイアの木も1本あるが、実は小さくて緑のままだった。いつまで待っても黄色にはならなかった。マンゴもここでは実をつけないという話だ。苗木を5本カポホの家から運んできたが、1本しか生き残らなかった。

 今後は気温が低くても栽培できるブルーベリーやライチーなどを栽培するつもりだ。ライチーは種を植えてみたら、半分ぐらいの種から芽が出た。ブルーベリーはそのうちに苗木を買うつもりだ。ブドウやさくらんぼを食べた時は、種を取っておき、敷地の一番奥の境界線部分に撒いておいた。まだ芽が出た形跡は見つからないが、可能性はゼロとは言えないと思う。

 この家にはまん丸のレモンの木もある。バナナと同じように、レモンの木には年中実がなっている。白い花も年中咲いている。魚料理の時はこのレモンの実を利用している。ミカンのような実がなる木も2本ある。肥やしが足らないためか、実は大きくならない。木の根元に化学肥料を撒いた。どうなるか楽しみだ。

続く

最初のページへ