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カウンティは英和辞書では郡と訳されているが、現在の日本の郡とはまったく違う。カウンティは地方自治体だ。首長もいるし、行政機関もある。立法機関もある。ハワイ州は4つのカウンティからなっている。ホノルル、カウアイ、マウイ、ハワイだ。ホノルルはシティ・アンド・カウンティと呼ばれており、州都があり人口の圧倒的に多いオアフ島を守備範囲にしている。カウアイとマウイはそれぞれ近くの島も担当している。ハワイはハワイ島全体を管轄している。ハワイ島にはカウンティの下に行政組織はない。ヒロ市とかPahoa村とか表現した本を見かけるが、日本にあるような行政単位である市や町や村はハワイ島にはない。
カウンティの首長はメイヤーで選挙で選ばれる。面白いことにカウンティの検察のトップも選挙で選ばれるようになっている。立法機関はカウンティ・カウンシルと呼ばれ、メンバーは9人である。もちろん選挙で選ばれる。カウンティ・カウンシルにはメンバー全員が出席する全体会議のほか、実質的な審議をするいろいろな委員会もある。メンバーは9人しかいないので、全員が何かの委員会の委員長にならなければならないし、別の委員会の副委員長や委員を兼務しなければならない。
どこかの国の議員さんのように議場で居眠りをする暇はない。居眠りをするのは暇すぎるからではなかろうか。日本の国会の委員会はもっとひどい。テレビ中継のある予算委員会などではそんなこともないが、注目を浴びない委員会では、質問者の委員は自分の質問が終わると、出席簿のようなものにハンコを押して、さっさと部屋から出て行ってしまう。最後の質問者が質問する時は、質問者本人と委員長、それに出席を求められた大臣か政府委員だけになってしまう。政府側は自分たちの提出した法案が通ればいいので、委員が途中で席を立とうが帰ろうがかまわないのだろう。
こんな状況で委員会で可決された法案は、本会議にかけられる。こちらは儀式みたいなものだから、しゃんしゃん手拍子で通過していく。衆院でも参院でも同じようなことを繰り返している。大量の法律を作るためには、必要な過程かもしれない。しかし本当にこんなことでいいのか疑問に思ってしまう。税金が無駄に消費されているような気がしてならない。
ハワイでは道路などを作るにしても、まず住民から意見を聞くことから始まる。大抵住民が参加しやすい夕方から学校のカフェテリアなどで、公聴会が開かれる。誰でも参加できる。参加できない人で、意見のある人はFAXや電子メールで事前に意見を出すように求められる。
公聴会で反対が圧倒的に多ければ、その話はそれで終わる。それ以上先には進まない。日本の公聴会とはまるで違う。数年前ハワイ島のサトウキビ畑の跡地にユーカリの木を植えて紙の原料を生産したいという日本の製紙会社の計画が、この公聴会でつぶされてしまった。カウンティ政府としては、許可したい意向だったようだ。その後、材木生産用にユーカリを植えたいという話が持ち上がり、公聴会では喧々諤々だったようだが、実現することになった。
もちろん公聴会が済んだら、カウンティ・カウンシルで審議するのは言うまでもない。必要ならば、審議の途中でも公聴会を開くこともある。カウンティ・カウンシルの全体会議で通ったものでも、メイヤーが自分の判断で法案にサインせず廃案にすることもできる。憲法に相当するカウンティ・チャプターを改正する場合などは選挙の際に有権者に賛否を問う。
こうしてできた法律でも抜け道が見つかったり、実情に合わなくなることがある。そういう場合は廃止したり修正されるのは言うまでもない。法律は納税者や住民のためにあるのだから、彼らの要望に合わせて変化しなければならない。こんな法律があるからとか、そんな法律がないからとか、という理由で住民のためになることができないと言うのは、本末転倒だ。
カウンティ・カウンシルのメンバーは9人と少ないので、メイヤーが指名してカウンティ・カウンシルで承認された人たちで構成される委員会もある。警察委員会とか消防委員会などだ。
彼らは無報酬で任務を遂行する。警察委員会は、カウンティの警察の長官を採用したり、解雇したりする権限がある。警察の長官は公募する。新聞に広告を出すのである。応募者を書類審査で5人ぐらいに絞り、面接して最終的に1人に絞り込むのである。採用した後も毎年期待通りの働きをしているか採点する。評価が悪ければ、解雇することになる。
日本とは大違いだ。聞くところによれば、同じような委員会が日本にもあるそうだが、週に1回車で送り迎えしてもらって最高級のお茶をすすりながら、警察側から1、2時間程度報告を受けるそうな。それだけで信じられない高額の報酬を受け取っているそうだ。すべて血税から支払われている。トップがこれだから警察の不祥事が絶えないと思われても仕方がないのではなかろうか。
そうした委員会はほかにもたくさんあるのだろう。国の危機的な財政事情を認識すれば、自らボランティア制にすると主張してもバチは当たらないと思う。どうせそういう委員に選ばれた人は生活に困っているわけではないだろうし。そもそもそのような委員会が必要なのだろうか。納税者にとっても住民にとっても、なくなって困るものでなければ、今日にでも廃止すればいい。こういうところから構造改革して欲しいものだ。
かつての納税者がどんどんホームレスになっている。将来を悲観して若者がつぎつぎと自殺している。国の将来を考えることが期待されている人がとんでもない高給を取ってのほほんとしている。だれがこの国をイラクよりましだと胸を張って言えるだろうか。