ハワイ島てんやわんやの楽園生活

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★電話と電気のある家を買う

 話は前後するが、早期退職が決まって、有給休暇を消化していた2001年12月、ハワイ島Puna地区の中古住宅を買うために、現地の不動産屋に案内してもらって実物を見ることにした。インターネットで候補となる住宅は何軒か見つけておいた。それらを不動産屋に連絡して、調査してもらっていた。ハワイ島でもインターネットを利用するために、電気と電話がきていることは絶対条件だった。そのほかの条件は値段が7万ドル以下、寝室が少なくとも2つ以上あるというものだった。

 最初にヒロからボルケーノに向かって11号線を進み標高1000フィートぐらいの場所で右手に入ったところにあった家を見に行った。とくに問題が見つからなかったので、その家を言い値の6万9千ドルで買うことにした。前の所有者は沖縄出身の日系人だった。この家を売る目的でロサンゼルスからハワイ島に来て、その家に滞在していたと言っていた。僕の前に別の人が4万ドルの分割払いで売って欲しいと申し込んできたらしく、そのことにひどく腹を立てているようだった。4万ドルというのは1995年に彼が買った値段だった。

 彼は言い値で家が売れたことをとても喜んでいた。最後まで本当に買う気があるのか不安だったようで、何度もほんとに買うのかと僕に確かめた。翌年1月7日に引渡しを終わって、彼から譲り受けたトラックに彼を乗せてヒロ空港に連れて行ったが、別れる時には本当にうれしそうだった。彼はそのトラックをロスから持ち込んでいたが、持ち帰るとなると輸送費だけで8000ドル以上かかるということで、僕にそのトラックを1000ドルで売ってくれた。ハワイ島で暮らすためには、車は必需品なので大助かりだった。

 トラックの登録や電話と電気の契約は不動産屋さんが手伝ってくれた。この不動産屋さんは日系女性だったので、日本語が通じすべてがスムースに進んだ。

 引渡しを受けた後、1週間ほどその家に滞在し、家の中の掃除や芝刈り機で前庭部分の雑草刈りなどをした。冷蔵庫には前の所有者が残していった食料が相当残っていたので、食べ物を買いに行く必要はあまりなかった。結局大量の肉やイカ、エビを冷凍庫の中に残したまま帰ることになった。その冷蔵庫は電気でもプロパンガスでも作動するものだったが、前の所有者は値段が安いプロパンで運転していた。プロパンが後どのくらいもつのか、分からなかったが、スイッチを入れたまま帰った。また3月ごろには来ることにしていたので、大丈夫だろうと思ったのである。

続く

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